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2010.08.15

晩夏には

お盆ですね。
いかがお過ごしですか?
我が家は、今息子が友達と一緒に帰省してきて、少しいつもよりはにぎやかになっています。お盆はお墓参り以外に予定はなく、遊びに行く息子達を見送り、事務所で仕事をしています。

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猫たちも、お盆モードなのかどうなのか・・・のんびり過ごしています。

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お盆の時期と重なり、夏の終わりのもの哀しさとともに亡くなった人を思います。
この春亡くなった叔父の遺品の中に、「軍事郵便」という文字の入った古いハガキがたくさん見つかりました。叔母が捨てるというので、もらってきたものです。

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(使われている呼称は当時のものということで掲載ご了承ください)

これらのハガキは、少なくとも65年以上前に手にされたものです。それを思うと、不思議な感覚を覚えます。当時これを持っていた人はすでにこの世にいない確立が高く、しかしハガキはこうして残っている・・・。

この季節になると、戦争にまつわるテレビ番組も多く放送されます。
ある番組で、戦地からの手紙を今の大学生が読む、というゼミが紹介されました。厳しい検閲を潜り抜け、戦地から妻にあてたラブレターには「お前が私を愛しているよりも、私がお前を愛していることでは負けない」という言葉が綴られています。感想を聞かれた女子学生は「私なら、こんな手紙をもらったら嬉しいのと、こんなに書いてもらうと、ちょっと恥ずかしいような気持ちになります」と述べていました。

また、ある大学生は、「今はメールやツイッターですぐに返事が来るけど、手紙は何日かかかって届いて、そしてまた何日かかかって返事がくるというものですよね。時間がかかる。でも、この手紙のインクのにじみなどを見ていると、手書きの文字の向こう側に、書いた人の気持ちがあるような気がします」とも述べています。
「手紙」そのものに対する感想としては、その通りだと思います。
そうか・・手紙を書かない世代には、手書きの手紙そのものが、すでに珍しいものになりつつあるのですね。

私自身も戦争を知りません。ただ私たちの世代も、自分達の子ども世代、そのあとの世代にも、戦地からの手紙が、死を覚悟した人たちからの静謐なメッセージであることを、しっかりと読みとりたい、読みとって欲しいと願います。

妻に普段なら言えないような言葉も、生きて帰れないかもしれないからこそ、言えなかったことを言っておきたい一心で書いたことでしょう。受け取る方も、まるで遺書を読むような気持ちで抱きしめたことでしょう。
戦地への手紙は、もしかしたら届かないかもしれない。そして届くとしてもたぶん1カ月以上かかって手元に行ったのだろうと想像します。返信も同じく、と考えると、数日単位の音信不通も不安になる今のメールとは、ずいぶん違っています。

画家の夫から妻に送られた絵手紙は、鮮やかで美しい色合いの南の島の風景でした。画面からは美しい島の様子が見えますが、たぶん描いているご本人の目の前には、もっと切実な現実が見えていたことでしょう。それでも美しい絵を送り続ける思いを想像します。

父親から幼い息子に送られた「○ちゃん新聞」というハガキにも、カラフルでユーモラスなイラストが入り、まるでおとぎ話を聞かせるような文が小さな小さなカタカナ文字でつづられています。いつか、この子が字を読めるようになったら、という思いだったのか、いずれにしても、父親の愛に満ちたハガキです。その子は当時赤ん坊。そして4歳になったときに、お父さんは29歳で戦死します。

この、心の豊かさはどこから来るのか。
死を切実に感じるほどのところに行った人だからなのか。

私はどうか。。。

自分を省みることで、
命を思うことで、
亡くなった人を覚えていることで、
感謝を伝えられるだろうか。

早朝に吹く風は、湿り気があるものの、少し涼しさを感じます。
晩夏には、いろいろなことを思い出すものですね。


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コメント

こんにちは

今日の65回目の終戦記念日にふさわしい話題ですね。

実際に古いハガキを目にされて、pixydustさんがいろいろ思われたことが伝わってきます。

私も昨日まで盆帰省をしてたんですが母から長崎で原爆に合った話を今年も聞きました。
当時母は長崎大村の日本赤十字病院で看護婦をしたので多くの負傷された人の手当てを徹夜でした話です。
聞くたびに戦争は2度と起こしてはならないと思いました。


投稿: beso | 2010.08.15 15:21

☆besoさん

お母様は長崎で看護師をされていたのですね。
まさに戦争や核兵器の怖さを目の当たりされた現場に立ち会われた女性だったということですね。
そういった方々のお話をじかにお聞きすることの大切さを感じます。
お母様は無事に乗り越えられ、お元気でいらっしゃるということ、何よりです。いつまでもお元気で長生きしてくださいますように、お祈りしております。

投稿: pixydust | 2010.08.15 15:38

軍事郵便、こんなのが遺されていたのですね。貴重です!
お盆は、家族で戦争を考える日にしたいですね。
今日は、終戦記念日、戦争を知らない世代ばかりになりつつあります。語り継ぐべきですよね。
わたしも、今は亡き父にもっともっと話を聞いておけばよかったと思っています。

暑さはまだまだ続くようですね!

投稿: みい | 2010.08.15 17:55

☆みいさん

この季節になると、こういうことを考える機会になるので、それはそれで良いのだろうと思いますね。
私も、両親にいろいろ聞いたのですが、断片的で思い出せないことも多いです。今、あれも聞いておけば、これも聞いておけば・・と思うことは多いですね。
その分、自分が次の世代に伝えられることは、きちんと伝えて行きたいと思いますが・・。

投稿: pixydust | 2010.08.15 23:18

 軍事郵便、未だ各家庭にこういうものが残されているのですねー。
 以前、戦死した画学生たちの絵が集められた「無言館」へ行ったことがあります。打ちっぱなしのコンクリートの壁に絵がかけられていました。中央に置かれた台の中に、やはり軍事郵便があって、画学生らしい達筆な絵と共に家族を思う文章が書かれていました。
 若くして死ななければならなかった人達、想いは・・・。

投稿: マサエ。 | 2010.08.16 11:20

☆マサエ。さん

先日のテレビでも無言館が紹介されていました。音大生や画学生をはじめ、学問を究めたいと思っていたような学生が、20歳やそこらで出征しなければならないという世の中は、二度と来ないようにしなければと思います。
本人は亡くなっても、そうして絵は年をとらずに残されているのですね。不思議な感じがします。

投稿: pixydust | 2010.08.16 16:54

pixydustさん、写真の「軍事郵便」という葉書は、たいへん貴重なものですね。
私、驚きました。
拝見したところ、とても保存状態も良いように思いますが、pixydustさんが引き受けたことによって、そしてこのブログに掲載されたことによってさらに大きな意味を持つことになったと感じました。
是非、大事になさってください。資料的価値も大きなものだと思います。

私は、よく戦死した父の兄がついていると色々な人に言われることがあります。
以前ホームページでも書いたことがあるのですが、家の中で日本兵を深夜に見たこともありました。
戦地から帰ってくることがなかった兵士たちの思いはいかばかりか、と思うといてもたってもいられなくなるのは、そんなことがあったからかもしれません。

今年も終戦記念日がやってきたわけですが、私はなぜかそわそわしてしまうのです。
戦死した伯父がそうさせるのかもしれません。

投稿: はっP | 2010.08.16 23:16

☆はっPさん

そうなんです。資料として役立てたいと思いつつ、今後どのようにしていったら良いかなと考えています。どこかに寄付するというのもありかな、とも。
ただ、きちんと保存してくださるところに、とも思います。
このほかにも古い絵葉書などもたくさんあります。

伯父さまのこと、きっとそうして会いに来られているのですね。先日のTBSのドラマ「帰国」では、南の海に沈んだ兵士が一個中隊東京駅に到着し、3時間ほどの間に現代の日本を見る、というお話でした。まさに伯父様のように、帰国している英霊が、あると言えば、あるのではないかと。
今の私たちが胸を張っていられるか・・と言えば、そうでないことも多いですね。。。

投稿: pixydust | 2010.08.17 23:27

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