たとえば、もしも、人なら・・
競馬馬の厩舎で火災があり、馬が9頭焼死したというニュースを読みました。
そのニュースの最後に「死んだ9頭はいずれも特に優秀な成績を残していないという。 」という一文がありました。
迫る火の中で、狭い場所から逃げたくても逃げられずに逝った馬達・・。
今話題のホラー作家がネコ殺しをした話が露骨な残酷なら、この火事についての最後の一文は、麻痺した残酷と言えるのではないか・・そう思ってしまいました。哀しいですね・・。
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コメント
>迫る火の中で、狭い場所から逃げたくても逃げられずに逝った馬達・・。
悲惨な話ですね~
こんな話を聞くと原因を作った人って残酷やなぁ~って思わずにいられません。
亡くなったお馬さん達は安らかに天国に行って欲しいですね。
投稿: beso | 2006.09.04 09:12
確かに、馬を競馬に役立つかどうかという面からしか見ていない一文だけど。
もし人なら、というところで考えてしまった。新聞に大々的に死亡が報じられ、盛大な葬式が営まれる人。親族だけでひっそりと執り行われる人、誰にも看取られず死後何日かしてから発見される人、人だって様々なのだから。
投稿: マサエ。 | 2006.09.04 10:52
猫のことも 厩舎の火事のことも 哀しいニュースでした。 そして不愉快なニュースでした。
地球上に生を受けた同じ生物として 種が違うだけなのに....。
投稿: Tonton | 2006.09.04 14:42
pixydustさん、こんばんは。
厩舎で気の毒に、逃げられずに死んでしまった挙げ句、生前の競馬の成績を言われる・・・。ニュース原稿を作るときに何か違和感を感じていたかというと、その人はきっと感じていなかったのではないかと思うのですが。
飛行機事故などがあったときに、「なお日本人乗客はいない模様」というときの(今回の事故はいらっしゃったが)、よかったよかったみたいな感じにも違和感を持ちます。なんか違う伝え方があるんじゃないかと思うのですが・・昔から全然変わりなく同じ伝え方をしていますね。
いつもと同じだからいいじゃない・・でなく、これで良いのだろうかと疑問を持つことがあってもいいと思います。
投稿: はっP | 2006.09.04 23:06
麻痺してしまう心・悲しみに鈍感になってしまう
時代。自分への戒めとして、ニュースや文字を
読むときにきちんと読み取りたい、聞き取りたい、
きちんと心を感じさせていかなくてはと思います。
はっPさんが書かれている『日本人乗客の有無』
に対する伝え方。触れられ方によれば残酷すぎる
言葉。(もちろん当地にご家族やご友人がいらっしゃる方にとれば貴重な情報ではありますが・・)
それでも命はみな同じ重さなのだと忘れてはいけない。
投稿: hanahana0831 | 2006.09.05 01:22
★besoさん、
ほんとうに。
出火の原因も、どうなんでしょうね・・。哀しいニュースの多いこのごろ、不注意だったとしても、防ぎようがないのか・・残念です。
★マサエ。さん、
周囲の評価は関係なく、自分が自分の命に納得し、自分の人生に納得していれば、たとえば路上生活をしていても幸福だろうと思います。
馬達が、「生きたい」という思いを持ちながら亡くなったことに、人間は責任を持つ必要はあると感じます。
★Tontonさん、
本当にその通りですね。
一昨日姉のところのネコ「ラブ」が亡くなりました。吐血しながらも、ふらふらになりながらも、ただ「生きる」ことを示してくれた彼は、姉のこれからを励ましてくれると思っています。命の大切さを一番分かっていないのは、人間なのかな・・と思ってしまいたくなることも多いですね。
★はっPさん、
実は、この記事にはっPさんの言われた「飛行機事故・・日本人は」のことも書こうと思っていたのですが、それをタイトルだけに収めました。
私もこの厩舎の火事のニュースを読んで、そのことが一番に浮かんだのです。
「わからないじゃないけれど・・でもね」という思いですね・・。
★hanahana0831さん、
まどみちおさんの詩にも、似たようなことが書かれていました。
ニュースではどこどこで火事、死者何人・・と言われるけれど、そこのうちの屋根裏にいたネズミが何匹・・とは言わない・・そんな主旨の詩です。記事に書く書かないは別として、そういうことを想像して、痛いなぁ・・と思う心は持っていたいと思います。
投稿: pixydust | 2006.09.06 13:24