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2006年2月

2006.02.24

親の思いと子どもの思い

060224
AくんとBくん兄弟の場合・・
A君・第一子は期待が高い分、いわゆる「いい子」でいることを決断(「幼時決断」=子どもであるな)し、B君・末子は反対にいつまでも子どもらしく「幼い子」でいることを求められているようです(「幼時決断」=成長するな)。
何番目に生まれるかによって違うって、それを子どもなりに理解するまでには、また子どもなりに理不尽な思いも経験することでしょう。例えば親が高齢化し、子どもが互いにいい大人になっても、まだそれぞれの役割を演じなければならないものかと・・・それほどに親の心の所在の重さに(幼時決断にも)気付くときがあります。

「出会いにはそれなりの意味がある」という言葉を借りれば、どんな意味があるかを考えた上で、自分ではどう生きるかを決めることが「再決断」ということになるでしょうか。親子関係だけではなく、今日の普通の出会いにもなんらかの意味があるかもしれない・・と思うと、この出会いにある意味や課題は何か?などと考えている今日この頃です。

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2006.02.13

女性車両

060212
写真は京都の嵐山にある嵐電(らんでん)です。江ノ電と似たようなイメージですが、いずれも情緒があっていいですね。私も昔は札幌に住んでいたので、市電には独特の郷愁を感じます。

さて、「女性車両」というのは嵐電には関係なくて、地下鉄でのことです。
ある日の午後、地下鉄の女性車両に乗りました。私が女性車両に乗るのは、単に空いているからという理由です。(^^; そんなこともあって、空いた車両が目に付いて、女性車両と気付かずに乗ってこられる男性も結構いらっしゃいます。乗り合わせた人たちも、特に気にしないという表情で知らん顔していることが多いのです。
ラッシュ時には、女性車両であることで安心するお嬢さんたちも多いということですが、それ以外の時間帯って、逆に空いていることが多いので、かえってごめんなさいね、という気持ちがどこかにあるからかな・・と、私自身は感じています。
先日、そんな昼下がり、空いた女性車両で空席がいくつかありました。
6人がけのところに女性が4人座っていました。両端に2人と1人。中央あたりに1人。そこへ、男性が飛び乗ってきました。そして中央あたりに座っていた女性に、「ここ、ちょっといいですか?」と言って詰めてもらい、座りました。
言われた女性を見て予感がしました。そしてそれは当たってしまいました。
詰めてもらえますか?と言われて詰めた女性が、座ったばかりのその男性に「ここ、女性車両ですよ」と。・・・あぁ、男性はとうとう知ってしまったのです、そこが女性車両だということを。かわいそうに「あっ、すみません!!」と飛び上がるようにして立ち上がり、外へ出てしまった直後、ドアがしまりました。・・降りなくても、隣の車両に歩いて移動すれば一台待たずに済むのですが、よほど慌てていたのでしょう。こちらこそすみません・・・そう言いたくなりました。

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2006.02.10

母のパン

060209
先日「グレートマザー物語」というテレビ番組を偶然観ていたら、有田芳生さんのお母さんが出てこられ、その有田さんのお母さんがよく買って来てくれたという「チーズパン」が紹介されていました。
見てびっくり、私にとっても母親につながる思い出を持つパンだったのです。
もともと、大阪の難波虹の町にあった「エーワンベーカリー」というパン屋さんの人気のメニューだったのが、写真のシンプルなパンたちです。母も私たち家族も一番の好物だったのが、真ん中の「ゴマパン」。これをオーブントースターで焼くと、白ゴマがキツネ色に香ばしく焼けるのです。そこにバターを少しつけて、ちぎりながら食べるのが、朝食になったりおやつになった、当時の思い出です。チーズのも時々食べていましたっけ・・。
有田さんのお母さんも、同じように袋一杯に買って帰られたのだろうか・・母もそうだったので、なんだか不思議な気分でした。
有田さんが、今はもう一つしかパン焼き釜がなくて、たった一箇所でしか売られていないというお店に行ってくれたおかげで、その売り場を知ることができました。なんと、そこは私が昨年まで通勤していた会社への通り道だったのです。そういえば、一度も覗いたことがありませんでした。今は「グーテ」という名前になっていたので、これも仕方ないのですが。
家に戻り、母の写真の前に「ゴマパン」をひとつ供え、私はチーズパンをほおばりました。懐かしい味、懐かしい日々が蘇りました。  そういえば今月は、母の命日、誕生日の月でした。

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2006.02.08

まどさんの英語の詩

060207
まど・みちおさんの詩集です。美智子皇后の英訳で出版され、1990年の国際アンデルセン賞を受賞しました。
まどさんといえば、「ぞうさん」の歌でおなじみですが、それはそれは、素敵な詩がたくさんあるのです。ぜひ一度、詩集を手にとってみてください。金子みすゞさんの詩とは表現が違いますが、でも、その心の底に流れるものには通じるものがあると、私には思えます。お二人とも、大好きな詩人です。短い言葉に哲学がある・・私にはそう思えて、それぞれの年代の楽しみ方があると思います。
英訳は難しいですよね。でも、皇后様が訳されたことによって、まどさんの詩が、世界の人たちに読まれるようになって、良かった、と思います。

「ことり」

そらの しずく?
うたの つぼみ?
目でなら さわっても いい?

「A Little Bird」

A dewdrop from the sky?
A bud of a song?
May I touch you just with my eyes?

「THE ANIMALS」「どうぶつたち」 まど・みちお詩/美智子 選・訳 (すえもりブックス)

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2006.02.04

合理化

060204
仕事をしていると、「あれは実際ではなくて、研修の場だったからできなかったんですよ」とか、「いつもみたいにリラックスしていたら、いつもみたいにソフトにできるんだけど・・」などなど、こういう言葉をよく聞きます。
確かにそう言われるとそうなんですが・・・実はこれは「合理化」。 自分で半分無意識に、傷つき易い心を守るシステム(防衛機制)のひとつが作動している・・ということを学んでから、そうそう!そう!!・・と納得した私です。いわゆる「言い訳」とか「強がり」って、考えると「合理化」することで、自分の心を守っているわけですね。だからついつい出てしまう。

ちなみに、同僚からもらった便りに「自分の時間はなくなるけれど、必要とされているから、もう少し会社のために頑張ってみようと思う」という言葉がありました。これはポジティブな「合理化」でしょうね。
でも今まで、「うーん、偉い人だ」と単純に思いつつ、心のどこかで「ほんとかな?」という疑問が湧いたのも、どこかに相手の合理化を感じていたからなんでしょう。
つまり、それなりの理由付けをすることで、なんらかの気持ちを味合わわなくて済む、我慢もできる、ということでしょうか? 「会社のために」という言葉を口にすることで、何から自分の心を守ろうとしたのか・・・。

普段の生活では、「言い訳」とか「強がり」と言われている「合理化」。私もたくさん自分に言い訳、つまり合理化をしています。・・・例えば?・・「これくらい食べても、疲れをとるためには必要よ」とか・・。(^^;

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2006.02.03

恵方は南南東

今夜は節分。寒い夜ですね。鬼も風邪をひきそうな・・。
さて、こちら大阪では、巻き寿司のまるかぶり、という行事が一般化していますが、皆さんの地域はいかがですか?大阪でも、昔は鰯を食べたくらいなのですが、巻き寿司はおすし屋さんや海苔屋さんの企みらしいです。(^^;
今年の恵方は南南東。食べている間はしゃべってはいけないらしいですが、我が家はただ食べるだけで、おしゃべりもするし、切って食べることもあります。利点は、夕食がシンプルに片付くということでしょうか?(^^;
明日は立春、春への兆しにしては寒い夜ですが、豆まきもして年越しです。(^^)
060203
写真は庭のキンカン。今年は形が不ぞろいですが、でも一応なりました。蝶々のお宿と化していたこの夏のキンカン、以前あったイヨカンの木と同じく、ずっと葉っぱを食べられて、身長そのままとなるかもしれませんねぇ。(^^;

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2006.02.02

イシガメの冬越し

060202
カメのくーちゃん、今年の冬越しは、普段と少し違っていました。
寒さが厳しいと、水の下に沈んだまま、ほとんど動かないのが通常だったのですが、今年は、よく目を覚ましては動き回っていました。その違いの条件を考えてみました。
その1:以前飼っていた肉食の熱帯魚用の乾燥餌が、えらく気に入り、熱心に食べていたので太ったこと。それまでは煮干で、たまのご馳走がミミズでした。(^^;
その2:玄関は同じなのですが、そこにつながる廊下にオイルヒーターを置いたため、ほんの少しだけ室温が上がったこと。たぶん、この二つの条件があったためだろうと想像しています。今でも時々動いては石の上にのっかったり、餌も食べるので、忘れないようにやっています。

今日の昼、庭に出てみると、風にほんの少し春の予感を感じました。寒さは来週もっと厳しくなるのでしょうが、かすかに春も忍び寄っているのだと、実感して嬉しくなったものでした。

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