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2005.01.26

大先輩のこと

050126b大谷栄之助さんとは、数年前、サン・オークス倉敷という場所の喫茶室で出会いました。
1910年12月10日生まれのジェントルマン。東洋史の先生だったのですが、その後の人生も実に多様で潔く、たった5分でご自分の人生をあっさり語られます。一昨年夏には、火事で焼失する直前の大阪・道頓堀「正弁丹吾」で、美味しい食事をご馳走になりながら、次から次へと、未来の話をされました。その姿を見ていた隣のテーブルの男性たちが、「いいなぁ・・僕もあんな風になりたいなぁ・・」とつぶやいていましたっけ。「余分なものはどんどん捨てていく、そうしているんですよ」と、笑いながら話される・・それはまさに人生の英知・・そんな気がします。
050126a
満90歳の時に生前葬を営まれ、それについて書かれた「生前葬愚考」の追記として、こんな文章が載せられています。
「以上略儀ながら実施した過去のプロセスを想起して纏めた次第、却説小生は師走には92歳の誕生日をいやでも迎えることになるが、ここサン・オークスを終焉の地と決め毎日を前向きに楽しく過ごさせて頂いていることに感謝感謝の毎日である。まさしくベリーグッド(very good)です。音楽のelementはテンポ(tempo)リズム(rhythm)ハーモニー(harmony)があると聞いている。この要素を吾々の日常生活にadapt出来ることを知った。夫々各自の日常生活にハーモニーの心を活かせるか否かで所謂円満な家庭生活が出きるかどうかと思考してみることが出来る。
 若い者と老人、乃至は嫁と舅・姑の対立それに附随して他の様々な条件が加わって対立が生じる訳である。ここで調和の精神で問題は解消できるのではないかと思う。
 (中略)
 生あるものは全ていつかは死を迎え新生する筈です。自分の骨は絶対に拾えないのですから、出来るだけ他人に迷惑をかけないよう、心身共に健康でここの諸施設を活用して楽しく暮らそうではありませんか。  愚言多謝 2002.6月末  擱筆  大谷栄之助 」

大谷さんは、今年1月14日、旅立たれました。ご葬儀は上記のごとく済んでいるので、静かに往かれました。「余生です」と言われていたから、これで良かったのだと納得しつつ、西に向かう新幹線の中でふとそのことを思い、急に悲しくなりました。 
大谷さん、会えて良かったです。ありがとうございました。

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